熊野古道 大峯奥駈道編① プロローグ:吉野から熊野へ(2020/11/04-10)

山の記録

2020.11.12 23:07

熊野古道と大峯奥駈道について

熊野古道は「振り返りの旅」とも「蘇りの旅」とも言われる。本年2月下旬に高野山と熊野本宮大社を結ぶ小辺路(こへち)を歩いた。この時は九度山にある女人高野山の慈尊院から高野山へと続く町石道(ちょういしみち)を進み、高野山から小辺路で本宮大社へ、さらに中辺路(なかへち)の後半部分を繋いで那智大社、速玉大社へと古道を歩いた

今回歩いたのは大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)。吉野から熊野本宮大社へと続く道だ。役小角(えんのおづぬ)こと、通称、役行者(えんのぎょうじゃ)が切り開いた修験道である

冒頭の写真では、奥駈道の逆峯(ぎゃくふ)のゴールである熊野本宮大社が鎮座していた大斎原(おおゆのはら)に立つ大鳥居が眼下に見えている。現在の熊野本宮神社は、明治の熊野川の氾濫を機に写真右端の森の中に移設された

上の古道マップは新宮市観光協会のサイトから拝借したものである(以下URL参照)

熊野古道|新宮市観光協会
熊野三山を詣でる世界遺産「熊野古道」についてご紹介します。それぞれの熊野古道のマップも掲載。

上の図のように、熊野古道には6つの道がある。奥駈道はオレンジの道で、約100キロの修験道である。飛鳥時代の人である役行者(えんのぎょうじゃ)が日本中を歩き、険しい修験道をいくつも切り開いた中の一つ

6つの古道のうち、大峯奥駈道は他の古道に比べ、とりわけ厳しく険しい道である。いつかは歩いてみたいと思っていた道なのだが、普通に歩けば山中5泊か6泊は必要で、寝具から食料まで担いで行かなければならない。山中には営業小屋が一つあるのみで、ほとんどは無人小屋での宿泊かテント泊になる

というわけで、奥駈の前哨戦としてまずは小辺路を歩いたのが2月下旬だった。奥駈のシミュレーションも兼ねたので、小辺路の最高峰の祖母子岳ではあえて避難小屋泊をし、寝袋やコンロなどをザックに詰めて歩いた。アップダウンを繰り返すことでは、小辺路もなかなか厳しい道なのだが、山を下ると集落があり、旅館や民宿などに泊ることができる。これにより、食事やお風呂、寝床など心配がなく、衣服の洗濯も可能で、荷物を最小化できる

これに対して、奥駈はひとたび山に入ったら里に下りることはなく、山中を約100キロ歩き続けることになる。最大の試練は水の確保だ。稜線を歩き続けるので、水場が限られたところにしかない。標高1000mから2000m位の近畿の山なので、夏は暑くて水の消費が激しく、最低でも3Lの水を毎日担いでいくことになる。それゆえ、暑さ対策や水の消費の観点から、今回の奥駈は雪で閉ざされる直前の晩秋に行うことにした

全行程の歩行ルート図と標高グラフ

総歩行距離:107.48km、総歩行時間:58時間30分

累計登り標高差:6878m、累計下り標高差:6972m

以下は私のGPS記録をもとにGoogle Earth Proを用いて作成した歩行ルート図。その下は約107キロを6日半かけて歩き通した歩行軌跡の動画で約40秒の長さ。画像右下の三点リーダーで再生スピードを変更できるのでお好みの速度でご覧ください。

日程と宿泊

11月4日(水):吉野への移動。「柳の宿」跡から吉野の上千本の旅館/旅館泊

11月5日(木):上千本の旅館から山上ヶ岳の大峯山寺を経て小笹の宿/テント泊

11月6日(金):小笹の宿から大普賢岳、行者還岳を経て弥山小屋/営業小屋泊

11月7日(土):弥山小屋から八経ヶ岳、釈迦ヶ岳を経て深仙の宿/無人小屋泊

11月8日(日):深仙の宿から太古の辻、行仙岳を経て行仙の宿/無人小屋泊

11月9日(月):行仙の宿から地蔵岳、玉置山を経て玉置神社/テント泊

11月10日(火):玉置神社から大森山、五大尊岳、七越の峰を経て本宮大社/旅館泊

歩行距離と時間(休憩含む)

11月4日(水):6.76km、1時間50分

11月5日(木):20.28km、10時間

11月6日(金):21.84km、10時間20分

11月7日(土):10.92km、8時間

11月8日(日):16.64km、9時間20分

11月9日(月):14.68km、9時間40分

11月10日(火):18.72km、9時間20分

総歩行距離:107.48km、総歩行時間:58時間30分

累計登り標高差:6878m、累計下り標高差:6972m

天気

11月4日(木):晴れ

11月5日(金):快晴

11月6日(土):晴れ

11月7日(日):小雨、霧。夜は強い風雨

11月8日(月):晴れ。強風

11月9日(火):晴れ

11月10日(水):快晴

1日目の山行(六田駅~吉野の上千本)

歩行ルート図と標高グラフ

山行の詳細

小辺路と同じく、大峯奥駈道は世界遺産の一部であり、吉野と熊野を結ぶ修験道である。熊野本宮大社から吉野へ向かうのを順峯(じゅんぷ)と言い、逆に吉野から熊野本宮大社へ向かうルートを逆峯(ぎゃくふ)と呼ぶ。最高峰は八経ヶ岳(はっきょうがたけ)の1915m。すぐ隣の弥山(みせん)が1895m

吉野から逆峯を進んだ場合、序盤にこの二つの山まで標高を上げると、その後は熊野まで緩やかに標高を下げていくことになるが、何度も小刻みにアップダウンを繰り返していくので、下り基調とは言えども非常に体力を消耗する下りだ

オレンジのラインが大峯奥駈道。上部が桜で有名な吉野の里で、下が熊野本宮大社になる。吉野にある金峯山寺(きんぷせんじ)から熊野本宮大社を結ぶルートを奥駈という場合もあるようだが、吉野の手前の「柳の宿」が第75番靡(なびき)で、第1番靡の熊野本宮証誠殿までを正式な大峯奥駈道という(靡:なびき。神仏が宿るとされた道沿いの拝所・行所のこと)

というわけで、どうせやるなら第75番靡から第1番靡までを歩き通すことにした。近鉄吉野線で終点の吉野駅から3つ手前の六田駅(むたえき)で下車し、柳の渡し跡へ向かう。渡しがあった近くの橋を通り、柳の宿(しゅく)跡へと向かう。柳の渡しは奥駈道の北の起終点だったところ

集落を抜けてこの左手の一之坂から入る

この道標を見逃さないようにして、先の写真の左の細い坂を上がっていく

しばらく坂を上っていくと、第75番靡「柳之宿」の石碑がある

奥駈を歩く多くの人が吉野駅からスタートするので、こちらは人が入らずほとんど獣道状態だ(笑)

獣道や林道を進むと、吉野の街の手前にある吉野神宮に出た

吉野に入ると、平日でも観光客やハイカーなどに会う。下千本から世界遺産の金峯山寺(きんぷせんじ)方面を見上げる。桜の季節はさぞかし華やかだろうな

でも吉野の紅葉も悪くない。緑から赤へのグラデーションが素晴らしい

黒門。金峯山寺の総門だが、吉野全体の総門でもあるようだ

国宝仁王門は大修理中で、阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)の左右の仁王像はなかった。蛇足ながら、阿吽(あうん)の呼吸とは、二体の仁王像が元になった言葉で、「阿」は口を開き「吽」は口を閉じて発する声のことで、両者が息を合わせることを「阿吽の呼吸」と言うようになったとか

世界遺産の金峯山寺。仁王門を通過したら、拝観終了のアナウンス。まだ16時10分前なのに・・。ぎりぎりセーフで本堂でお参りできた

中千本から谷を挟んだ向かいの山腹には世界遺産の吉永神社が見える

さらに上へと進み、上千本にある今宵の宿にチェックイン。家族経営のアットホームな旅館で、いろいろと無理を聞いてもらい恐縮千万。ありがとうございました

これからしばらくお風呂にも豊かな食膳にも布団にもありつけないので、しっかりと贅沢を楽しんだ

大峯奥駈道②(序盤)へ進む ☜ クリック

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大峯奥駈道④(終盤)へ進む ☜ クリック

 

なお、本山行の詳細については、以下の記録を参照されたし

熊野古道 Part2。大峯奥駈道(逆峯:吉野→熊野) ☜ ヤマレコの記録

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