2019.03.10 17:17
松本から高山へ向かう国道158号線が新安房トンネルの手前で大きくカーブするところにある釜トンネル。釜トンネルとこれに続く上高地トンネルを抜けると、そこは上高地に続く別世界。
穂高神社の祭神「穂高見命」(ほたかみのみこと)が穂高岳に降臨し、この地で祀られていることから元来「神垣地」と漢字表記されてきた。神が降り立つ地という意味で「神降地」とか、昔ながらの地名で「神河内」とか表記されることもあった。
今では上高地と記されるようになり、シーズン中は海外からも含めて観光客と登山者で賑わう日本の代表的な山岳リゾート地。上高地は穂高連峰や槍ヶ岳など北アルプス南部の登山基地だが、あまりの人の多さと観光地化したことを嘆き、この登山口を敬遠する山屋も少なくない
私が最初に上高地を訪れたのは高校2年。むかし山をやっていたオヤジに頼んで槍ヶ岳に連れてきてもらった時だった。名古屋から夜行列車で松本へ向かい、松本電鉄で新島々駅まで行き、タクシーで上高地へ入った。当時はマイカーも上高地へ入れたが、その翌年からマイカー規制が始まったと記憶する
以来約45年、自然保護活動により上高地の姿は大きく変わることなく今日に至っている。50代後半に山を再開し、3年ほど前に約30年ぶりに上高地に入った私には、立て替わった土産物屋、旅館、山小屋などはあるものの、梓川を中心とする自然豊かな景色は昔と変わらず美しく見えた
そんな上高地も、山が目的の私にとっては登山の出発点であり終着点の意味合いが大きく、あまり長居せず通過するばかりだった。一度じっくりと上高地に滞在し、ぶらぶらと散策してみたいと思うものの、シーズン中の人の多さにはうんざりというのが偽らざるところだ。ならば人がほとんどいない冬季閉鎖中に出掛けようと思い立ち今回の計画となった
冒頭の写真は、梓川にかかる河童橋から眺める穂高連峰と明神岳。上高地を代表する定番スポット。この先の小梨平に張ったテントを撤収して帰る途中に河童橋から撮影(2日目の11時ごろ)。素晴らしい天気にめぐり会え、上高地の絶景に心が震えた2日間だった
まずは1日目。天気予報では3月8日の金曜の午後と土曜の9日が晴れの予報。ならば出かけない手はない。金曜は7時から10時まで高山の職場で働き、コアタイムのないフレックスを悪用して、さっさと退社。10時に会社を出て10時40分に平湯温泉に到着。地の利だな
平湯温泉にある駐車場に車を止めて車内で着替えたり準備をして、平湯温泉11時10分発の高山発松本行きの路線バスを捕まえる。次の停車駅の中の湯温泉BSまで10分足らず。BSで下りてすぐ先が釜トンネルの入り口。冬期は閉鎖されており、工事関係の車以外は通行禁止。河童橋までの除雪は完璧なんだけどタクシーすら入れない
というわけで、国道158号線沿いにある釜トンネル入り口のゲート横からトンネルを歩いて進む。トンネル内は工事用車のために電灯がついていてヘッドランプなしで歩ける。工事車両もほとんど通らないのでトンネルの真ん中を歩く。全長1310メートルの釜トンネルの出口まで上り坂を上がってきた。次の上高地トンネルが見える
全長590メートルの上高地トンネルを抜けると別世界。さらに数百メートル歩くと雪道に変わり、正面には穂高連峰の峰々が見える。天気予報通り、まだ雲がかかっている
時折ガスが取れ、ピークが顔を覗かせる。奥穂高岳の山頂ピークだ
カーブミラーで自撮り。久しぶりのテン泊装備のザックが肩と腰にずっしり重い
大正池までやってきた。ここまで約1時間。背後には池の創造主の焼岳。大正時代の焼岳の噴火で梓川が堰きとめられ池ができた
上高地バスターミナル。約2時間ひたすら歩いて到着。シーズン中は観光バスや高速バス、シャトルバスやタクシーなどの駐車場。観光客や登山者でごった返す上高地の玄関口も踏み跡のない真っ白な世界。左奥には明神岳
河童橋に到着。正面の「河童の休憩所」は改装工事中のようで、工事関係者の車が数台停まっていた
冒頭写真と同じアングル。河童橋から眺める穂高連峰。峰々にはまだガスがかかっている。取れるのは時間の問題だろう
橋の下を流れる梓川はいつもながら澄み渡ってきれいだ
下流側には焼岳の雄姿。橋の上には私一人。シーズン中はこんな河童橋は滅多にない。さぁ、幕営地の小梨平に行き、今宵の宿をセットしよう
こんな感じで無雪期仕様のMy テント。アルコールを我慢し、休憩後に散策に出かける
2度目の河童橋。ほとんどガスが取れてきた。予報通りだ。雲の背後に明神岳と前穂高岳。中央右に奥穂高岳。左側に連なる峰々は西穂高の稜線。2週間ほど前に3峰を通過したところで時間切れ撤退となった。次回はまた西穂山頂まで行きたい
下流側の岸辺に下り立ち河童橋を撮影
さらに下流の河原に下り立ち、穂高を眺める。右端の明神岳も見えてきた。峰々と河原の雪面の間には化粧柳の木々が並び、よいアクセントになっている
化粧柳の赤が何とも良い感じ
さらに下流に向かうと、右側の霞沢岳に連なる稜線が圧巻の姿。上に広がる紺碧の空と梓川や化粧柳とのコラボが何とも素晴らしい
日本アルプスの父、ウエストン卿のレリーフ。日本の近代登山を築き、世界に日本アルプスを紹介した
3度目の河童橋に戻る。夕日に赤く染まるアーベント・ロートを期待してひたすら待つ
夕暮れに佇む焼岳
河童橋の欄干に腰かけ、暮れなずむ穂高を眺める至福の時
明神が少し赤く染まった。穂高は角度的に夕日が当たらず陰っていく。30分以上、一人静かにぼんやりと眺めていた。そろそろ今宵の我が家に帰ろう
晩酌と夕食。カット野菜と豚小間切れ肉に生うどんを投入。ここで失態に気づく。スープの素を忘れた。気が動転している間に茹であがり、そのまま食す。食べ終わってラーメンの粉末スープを半分投球すればよかったと気付くも遅し。気を取り直して4度目の河童橋へ星空撮影。明神岳の上に北斗七星、奥穂の上に北極星
反対側には焼岳の左上にオリオン座。もう少しISOを落とすとオリオン座がくっきりするのだが、肉眼で見たときのイメージに近いこの写真を採択。ISOを6400、3200、1600、800と変え、各々BULB時間を20秒、15秒、10秒で撮影。1か所で12枚の撮影。4か所で撮影し、試し撮り含めて70枚近く撮影。寒さですっかり酔いがさめた
テントに戻りシュラフに潜り込む。ユニクロの超極暖の下着上下を着て、登山服の上にはモンベルのダウンの上下、さらに象の足(ダウンのオーバーソックス)を着けて、モンベルの#0の(最もダウンが多い)シュラフで寝た。まるで3千メートル級の山頂でテン泊するかのような防寒だが、年寄りにはこれでちょうどよい
朝方4時半頃に天の川を探しに5度目の河童橋。南の空の地平線近くにあるはずだが、山並みに遮られ、さそり座の頭が見えるだけ。寒い空気を吸ったせいか胸が苦しくなり、急いでテントに戻り、シュラフに潜り込むと1時間ぐっすり眠ってしまった。おかげで、6時過ぎに目が覚め、朝日に赤く染まる(モルゲン・ロートに輝く)明神岳を見に行くことはできなかった。大失態その2
こちらは明神池へ向かう途中から明神岳。1峰から5峰まであるのだが、その内の2つの峰が猫耳のように見える。いや、バットマンのマスクかな?
明神の左には西穂高岳へ続くギザギザ。13峰から1峰が何となく分かるが確信が持てない
朝日を受けて木々が白く輝く。雪でも霧氷でもない。寒さで木々の表面がうっすら凍り、それが反射して白く見える。通り過ぎて振り返ると普通の木にしか見えない
明神館までやってきた
いつもは明神館を素通りしてしまう。今日は明神池とそのほとりにある穂高奥宮にお参りに行く。背後は明神岳
明神岳へ真っ直ぐ伸びる明神橋を渡る
欄干に川面からの水蒸気が凍りついていて美しい
雪とは違って不思議な光景だ
朝日を受けて川岸の木々が白く見える
近寄ればただの木々にしか見えないのに真っ白に見える。薄い氷のコーティングと朝日の成せる芸術
梓川沿いゆえの現象なのだろう。初めてこんな光景を見ることができた
明神橋を渡ると「山のひだや」がある。表向きは冬期休業中だが、事前予約すれば宿泊できる。余裕を持って予約すれば食事の提供もOK。上高地で冬期に唯一宿泊できる宿。電気はなく、ランプと豆炭の炬燵
「山のひだや」と「嘉門次小屋」の間を抜けて穂高奥宮へ
嘉門次小屋。ウエストン卿のガイド役を務めた嘉門次の小屋。シーズン中は曾孫が運営している
穂高奥宮のすぐ前に霜の花(フロストフラワー)かと思わせる白いものが・・
水草の一部が氷の上に出ていて、水蒸気が霧氷のように付いて花のような姿になっている。本来のフロストフラワーは水面の氷の小さな突起に水蒸気が当たって凍り、花のように成長していく。氷ではなく水草の茎ではあるが、これもフロストフラワーの一種だ
フロストフラワーはいろんな条件が揃わないと見られない貴重な現象
フロストフラワーが咲く最低の条件は以下の3つ:
①結氷した湖面に雪が積もっていないこと
②気温マイナス15度以下の極寒であること
③ほぼ無風であること
水面に映る明神の猫耳
こちらは本物
逆さ明神。ほとんど風がなく、鏡のようになっている
水面近くの雪面には水蒸気でできたマイクロ針葉樹が美しい。さぁ、テントに戻ろう
踏み跡もわずかな雪原を戻る。こんな静かなトレイルはこの時期ならでは。シーズン中は登山者に加えて観光客もハイキングを楽しむ人通りの多い道
我が家を撤収して6度目の河童橋。冒頭の写真。こんな眺めに出会うとは本当にラッキーだ
左岸(写真右)には今日入ってきたハイカーたちが絶景を眺めながら川岸のベンチで早めの昼食を食べている
反対の下流側は焼岳。こちらも素晴らしい眺望。焼岳方面に向かって帰る
帰りは遊歩道を通って大正池に向かう
大正池でこの景色を見ながらコーヒーを淹れて昼ごはんにする。右から明神岳の岩峰と前穂高岳。その左に奥穂高へ続く吊尾根。奥穂の左には西穂高へ続く稜線
大正池に映る逆さ焼岳
焼岳にサヨウナラ
大正池に映る穂高連峰と明神の姿。粘ったけど波がおさまらず鏡にはならなかった。でも歩いているから撮影できる景色。いつもはバスであっという間に通り過ぎる
上高地トンネルまで戻ってきた
そして釜トンネル。ここを通り抜ければ俗世界
ほぼ中間地点
バス停から158号線と釜トンネルの入り口。上高地をぶらりと言いながら、約30キロを歩いた。残雪の上高地で現世を忘れる素晴らしい2日間だった
それなりに人は入っていたが、シーズン中とは別世界で、静かにじっくりと自然と向き合うことができた。第2弾と言わず、毎年でも訪れたいくらいだ。ただ、久々のテント泊装備は肩や腰にずっしりときて辛かったので、次回は「山のひだや」さんに泊まることにしたいと思っている
なお、本山行の詳細については、以下の記録を参照されたし
山行記録: 雪の上高地散策。のんびりテント泊 ☜ ヤマレコの記録