はじめに
(本ブログ記事においては敬称を省略して書いています)
1990年代に入ってすぐ、空前の “好景気”(バブル経済)が終焉し、その後、日本経済は長期にわたる低迷期を経験した。世にいう「失われた30年」だ
私にとっては、ほぼ30歳から60歳の30年に相当する時代であった。それなりに企業人として頑張ってきたつもりながらも、大河の流れに押し流されるように日本が国際社会で競争力を失って後退していくのを体感した渦中の世代の一人だ
あの「失われた30年」とは一体何だったんだろうと折に触れて考えてきたのだが、2024年の終わりから2025年初めにかけて表題の二冊が相次いで発行された
『日本経済の死角』ー 収奪的システムを解き明かす 河野龍太郎著
ちくま新書 2025年2月10日発行
『世界秩序が変わるとき』ー 新自由主義からのゲームチェンジ 齋藤 ジン著
文春新書 2024年12月17日発行
著者の河野龍太郎は外資系証券会社の人気エコノミストで、もう一人の齋藤 ジンは米国ヘッジファンドなどの著名なアドバイザーだ
『日本経済の死角』では、エコノミストらしくマクロ経済の観点からデータを元にして停滞した30年の原因を分析している。一方、『世界秩序が変わるとき』は地政学的観点から主要国がどのような外交・経済政策で主導権を握ろうとするのか、そのような動きが日本にどのような影響を及ぼすのかを洞察している
完全に腑に落ちたというわけではないものの、二人の分析や洞察には「成るほどそういうことか」という説得力があった。レビュー記事として書けるほど十分に理解しきれているとは思えないので自分なりに長らく記事にするのを躊躇してきたが、備忘録的にまとめておくことにした。理解不足や独断的な解釈など多々あることをあらかじめお詫びしておきたい
高度経済成長とは
「バブル崩壊」後の「失われた30年」という本題に入る前に、日本の高度経済成長を振り返っておきたい
1979年にEzra F. Vogelが “Japan as Number One” を著し、日本的経営が大きく注目された
邦訳本は以下の通り:
エズラ F. ヴォーゲル 著『ジャパン アズ ナンバーワン ―アメリカへの教訓―』(広中和歌子/木本彰子 訳) TBSブリタニカ (1979)、新版・CCCメディアハウス(2004)
この本が世に出たすぐ後の1980年代は、戦後復興を目指して「欧米に追い付け、追い越せ」ムード一色だった日本経済が “頂点” のような高みに達した時期だった。戦後復興を支えた繊維業界などが競争力を失っても、鉄鋼、造船、家電、半導体、自動車などが牽引役となって次々と日本経済を引っ張った。中東戦争によるオイルショックなどを経験したものの、経済の持続的な成長とともに国民の所得が上昇して豊かになり、「一億総中流社会」と呼ばれるに至った
バブル崩壊直前の1989年ー1990年頃には、日本の半導体が売り上げベースで世界市場の約50%を占め、企業の時価総額においては世界トップ10に日本企業7社がランクインしている。5社は銀行で、残りの2社は断トツ世界1位のNTTと9位の東京電力だ(当時の銀行5社はその後の経営統合ですべて社名が変わっている)
ちなみに現在の時価総額上位には、米国のITやAI関連企業(テスラ含む)が名を連ね、日本企業はトップ10どころか50位以内にも入らない。アジアで50位に入っているのは、中国が7社(香港2社を含む)、韓国2社、台湾1社だ(2026年4月末時点)
私事ながら、1988年から1990年に米国のビジネススクールで学んでいたのだが、当時のビジネススクールでは日本企業のケーススタディが数多く取り上げられ、盛んに分析されていた。ざっと思い出すと以下のような項目が日本的経営の特徴、日本企業の強みとして挙がっていたように記憶する
・日本経営の三種の神器(終身雇用、年功序列、企業内組合)
・メインバンク制に支えられた長期視点の経営
・通産省など政府主導による産業育成、保護政策(補助金、関税や非関税障壁など)
・多くの野心的な起業家、企業経営者
・団塊の世代を中心とした質の高い豊富な若い労働力とハングリー精神
・教育の質やレベルの高さと激しい競争
・低賃金、通貨安による対外コスト競争力
・QC(品質管理)活動による高い製品品質や中小企業のもつ技術力、職人技
などなど
バブル経済とその崩壊
バブル経済とは
バブル経済とは、「不動産や株式などの資産価格が投機によって実体経済とかけ離れて高騰し、泡(バブル)のように膨らんだ状態」を指す。「バブル」と形容されるように、ひとたび経済が下落に向かい始めると、投機によって高騰した資産価値が一気に急落して泡(バブル)のごとく消失する
上述したように、時価総額トップ10に日本企業が7社も入ること自体、「バブル」そのものによる過大評価の影響が少なからずあったといえるだろう
バブルはどのように発生したか
1980年代前半、インフレ抑制に注力していた米国は高金利政策を続けていた。インフレは落ち着いたものの、高金利がドル高を誘導し、その結果、輸出の減少と輸入の増大で貿易赤字に陥るという別の問題を引き起こした。米国はこれを是正するために1985年のG5財務大臣・中央銀行総裁会議において(日本もメンバーの一員)、米ドルの通貨切り下げを行う合意を取り付けた。いわゆるプラザ合意だ
プラザ合意によるドルの切り下げで、ドルに対して円が相対的に高くなった。円高による景気の冷え込みを危惧した日銀は国内経済を支えるために金利を引き下げたが、低金利の長期化予想により名目金利が低下し、低金利で調達されたお金が意図せず不動産や株式に対する投機へと向かった
企業の中には、安く借り入れたお金を投機に回して、本業とは別に財テクでも稼ごうという動きが高まり、バブル経済の拡大に拍車をかけた。また、金融機関が大量に資金を融資することで、「土地ころがし」や「地上げ」などの社会問題も発生した
バブルはなぜ崩壊したのか
このような事態を改善すべく、日銀は1989年から急速に公定歩合を引き上げ、1990年には過去最高レベルでの引き締めを行った。1990年には、保有する土地に対する地価税の導入や土地購入に対する融資の厳格化など、土地の不適切な取引を抑制する施策を政府が打ち出した
これにより土地価格が下落しはじめ、株価も並行して下落し、財テク失敗によって赤字に陥る企業や借入金を返済できない債務不履行が増加した。融資した金融機関は不良債権を抱えることになり、極端に融資に慎重になる「貸し渋り」などの問題が発生して、資金繰りに苦しむ企業の倒産が増加した
その結果、消費が冷え込み、それにより企業業績も低迷し、経済が悪化するというデフレスパイラルに陥った。これが「失われた10年」の始まりであり、結果的には30年以上にわたって景気の低迷が続く「失われた30年」へと長期化した
註)バブルについては、ネット上でいろいろな解説記事があるので、さらに詳しく知りたい方はそちらをご覧いただきたい
失われた30年とは - 河野龍太郎の見解
高度経済成長から始まって、バブル経済の形成、その崩壊の過程を振り返ってきた。前置きが長くなったが、ここから本題に入る。バブル崩壊後、なぜ30年以上も日本経済の低迷が続き、一人負けのような状態が続くのか?
まずはBNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミストである河野龍太郎の以下の著作から原因を探っていく
『日本経済の死角』ー 収奪的システムを解き明かす ちくま新書 2025年2月10日発行
本書の結論
本書の「はじめに」で長期低迷の原因を以下のように述べている:
「儲かっても溜め込んで、実質賃金の引き上げも、人的資本投資にも慎重な大企業が長期停滞の原因である」
(補注、筆者の別の著作『成長の臨界』ー 「飽和資本主義」はどこへ向かうのか 慶應義塾出版会 2022年7月6日発行で導き出した結論)
「実質賃金を引き上げないから、個人消費が停滞し、その結果、国内売り上げが増えないために採算が取れず、企業は国内投資を増やさない」という悪循環に陥った
「生産性が上がっても実質賃金をまったく上げない」でいることや、「固定費である人件費を変動費に変換するために非正規雇用制が一般的になっている」ことを問題視し、副題となっている「収奪的システム」を改めることを提言している
端的に言うと、以上が本書の結論だ
章立てと論証ポイント
上の結論に至る論証を7章の構成で以下のように展開している
第1章:生産性が上がっても実質賃金が上がらない理由
総論的な位置づけの章として、生産性がそれなりに上がっているにもかかわらず、賃金の引き上げにも人的資本への投資にも消極的になった経緯を分析
第2章:定期昇給の下での実質ゼロベアの罠
実質賃金を引き上げないことがマクロ経済にもたらす弊害を企業経営者が認識できない理由を深堀り
第3章:対外直接投資の落とし穴
積極的に行われる海外投資の実相に迫り、海外投資の収益性や国内経済への恩恵を検証
第4章:労働市場の構造変化と日銀の二つの誤算
日銀が見誤った高齢者や女性による安価な労働力の大量出現による賃金への影響と働き方改革による円安インフレへのインパクトを考察
第5章:労働法制変更のマクロ経済への衝撃
1990年代に週40時間労働制を推進して経済の潜在成長率が下振れしたにもかかわらず、政策当局者が働き方改革を進めて同じ轍を踏んだ問題を検証
第6章:コープレートガバナンス改革の陥穽と長期雇用制の行方
1990年代末以降のコーポレートガバナンス改革が日本経済のマクロパフォーマンスに与えた負の影響と、動きつつある雇用制度改革の方向性について考察
第7章:イノベーションを社会はどう飼いならすか
恩恵が一部の人に偏りがちな「イノベーションの収奪的な本質」を確認し、恩恵が多くの人に行き渡る包摂的な制度作りの必要性を提言
本書が発行されたすぐ後の2025年春の春闘において、多くの企業で満額回答によるベースアップが実施されはじめた。新入社員の初任給についても、人手不足による採用難を背景に大幅に引き上げられた。大企業のみならず、中小企業にも賃上げの動きは広がっている
この新たなトレンドは2026年も継続しており、恒常的に賃上げがインフレを上回って実質賃金が上昇し続けるようになれば、著者が憂う「収奪的システム」が是正されて、日本経済が長い停滞から抜け出す起爆剤の一つになるかもしれない
また、就職難でやむなく非正規雇用となった世代の強力な救済策を政府が打ち出し、インセンティブなども動員して企業に確実に実行させることで、「収奪的システム」がさらに是正されてデフレスパイラルが反転することを期待したい
その上で、政治体制の違いにかかわらず大国に見られがちな富の偏在による格差がない「包摂的な社会」の構築を日本で実現したいものだ
失われた30年とは - 齋藤 ジンの見解
次に、世界三大投資家のジョージ・ソロスをはじめ、ヘッジファンドなどのグローバルな機関投資家へのコンサルティングを行っている齋藤 ジンの以下の著作から原因を探っていく
『世界秩序が変わるとき』ー 新自由主義からのゲームチェンジ 文春新書 2024年12月17日発行
本書の結論
「失われた30年」を単なる景気循環ではなく、バブル崩壊後の不良債権処理の遅れ、その後のデフレ容認的な金融政策、人口減少への対応不足など、政策判断における連続的な誤りによる経済の構造的な停滞と捉えている
これが成長期待を弱め、バブル崩壊の後遺症として企業・政府・家計すべてのセクターでリスク回避による守りの姿勢を強めたことにより投資と賃金上昇が停滞した。この「低成長が常態化する心理」が経済回復をさらに遅らせたと分析している。さらに改革の遅さが日本の国際競争力低下を招いたと指摘する
冷え込んだ景気の中で、家計を支える団塊の世代などを対象にするリストラなどの合理化策を取るのではなく、皆で低賃金を受け入れ社会全体で雇用を守ってデフレに耐えるという長期戦を選択したことが「失われた30年」の本質だとした
本書の中で紹介されている英国首相だったチャーチルの言葉、「資本主義の本質的な欠点は恵の不平等な分配である。社会主義の本質的な美徳は、悲惨の平等な分配である」を引用して、日本は「悲惨の平等な分配」を選び、みんなで貧しくなっていく道を進んだ、と述べている
一方で、現状においては団塊の世代はおろか次のジェネレーションも退職し、雇用環境は人手不足に反転し始めている。合理化や生産性の向上に対する抜本的な構造改革を推進できる状況となり、日本経済復活の環境が整ってきたとしている
本書の章立て
本書は必ずしも「失われた30年」に焦点を当てて書かれているわけではなく、「新自由主義」や自身の経歴にも多くの紙面を費やしている。本ブログの本題とは離れるので、各章のタイトルを列記するにとどめたい
はじめに 日本復活の大チャンスが到来した
第1章 新自由主義とは何だったのか?
第2章 私はいかにして新自由主義の申し子になったのか
第3章 「失われた30年」の本質
第4章 中国は投資対象ではなくなった
第5章 強い日本の復活
第6章 新しい世界にどう備えるか
エコノミストであり経済学者でもある河野龍太郎が、マクロ経済のデータを多く用い、多くの文献を引用して『日本経済の死角』を著しているのに対し、本書の齋藤 ジンはコンサル業であり文筆を生業としているわけではない
したがって、客観的なデータ分析などはほとんど無く、時代の流れや今現在のトレンドに対する著者の経験や感性、“肌感覚”に基づく “洞察” を中心とした文章展開になっている
本書の中で著者が書いているように、コンサルという職業柄ゆえにデータなどの詳細をオープンにできない事情もあるだろう。そのような裏打ちとなる情報(レポート)は高額な対価と引き換えに顧客に提供される“商品”なので、簡単には読者にさらけ出せないということだ
著者がオプティミスティックに捉える「日本の復活」については、その背景となる米中対立に対する著者の “読み” が正しいことを期待したい
終わりに ー 個人的な感想
コストダウンや「選択と集中」による事業の絞り込みなどにより効率化の追求をしながらも、河野龍太郎が指摘するように人材や設備や新技術などへの積極的な攻めの投資を躊躇する縮み志向の経営に終始したことが「失われた30年」を招いたことに違和感はない
また、新自由主義の下で改革を推進した欧米企業と異なり、皆で低賃金を受け入れ社会全体で雇用を守ってデフレに耐えるという長期戦を選択したことが「失われた30年」の本質だとした齋藤 ジンの洞察には、日本的経営の “足かせ” のようなものを的確に捉えていると得心がいった
イーロンマスクのような冒険的かつ爆進的な技術革新への投資は、日本の内部昇進によるサラリーマン社長には望むべくもない。今のところ日本でそんな経営を主導できるのは孫正義ぐらいだろうか? 日本企業のトップには、これからは選択した事業でスピード感溢れる大胆な経営に舵を切ることを期待したいところだ
概して日本企業においては、採用や投資などにおいて横並び的な動きが目につき残念だ。もっと唯我独尊的な個性的な経営があっても良いと思うのだが…。経営者側だけでなく、労働者側も分別が良すぎるというか、大人しすぎるというか、経営者目線により過ぎて待遇改善など労働者の権利を声高に要求することが減っていると思う。ストを打つことなど、近年は滅多にお目にかかれない
若い人も奨学金を掴み取って留学を志すとか、バックパックで海外を見て歩くというようなガッツは感じられず、行儀よく妙にこじんまりと納まっているような印象を受ける。「一億総中流社会」になった負の側面だろうか
経済停滞以降、ダイソーやドン・キホーテなどのディスカウントショップが台頭し、彼らがデフレ下で果たした役割は大きく、消費者にとって強い味方という存在であることは間違いない。一方で、あまりに低価格が重宝されすぎたきらいがあり、消費がなかなか盛り上がらなかった感は否めず、デフレスパイラルにある意味 “加担” したといえるかもしれない
生産者サイドだけでなく、消費者サイドも守り志向・縮み志向のマインドが強かったといえるだろう。昨今は賃上げムードが徐々に盛り上がってきているが、これが定常的なものになり、みんなで貧しさに耐える時代からみんなで豊かさを分かち合える時代に力強く変わっていくことを願うばかりだ
本ブログの『高度経済成長とは』の章で触れた以下の日本の強みをもう一度ひもといて、今でも有効なものについては必要な修正を加えながら積極的に取り入れ直し、米国型経営の行き過ぎたところを見直すべきではないかと思うのだが、いかがだろうか・・・
・日本経営の三種の神器(終身雇用、年功序列、企業内組合)
・メインバンク制に支えられた長期視点の経営
・通産省など政府主導による産業育成、保護政策(補助金、関税や非関税障壁など)
・多くの野心的な起業家、企業経営者
・団塊の世代を中心とした質の高い豊富な若い労働力とハングリー精神
・教育の質やレベルの高さと激しい競争
・低賃金、通貨安による対外コスト競争力
・QC(品質管理)活動による高い製品品質や中小企業のもつ技術力、職人技
などなど
ところで、このリストを見てどのように思われるだろうか?
違いはあるものの、少なからぬ項目が日本を追い抜いた現在の韓国や中国にも当てはまっているように私には思える。そして、「失われた30年」を経てきた日本の状況が、時差をもって韓国や中国にも忍び寄ってきているようにも思える
韓国も中国も良い意味で日本よりずっと “したたか” なので、同じ轍を踏んで我が国の二の舞になることはないだろう。正しい選択と施策でうまく成長を持続させていけるのではないだろうか
欧米主導に変わる新しい世界秩序が形成されつつある中で、両国にはうまく立ち振る舞ってアジアの存在感を示してほしいと思う。もちろん齋藤 ジンが “予言” する日本の復活も・・・
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