黒澤映画のリメイク版 ”In living”(邦題『生きる』)を見て

レビュー

カズオ・イシグロが脚本を担当した映画 ”In living”(邦題『生きる』)を見た。黒澤明脚本・監督の1952年の映画『生きる』を英国でリメイクしたものだ。時代設定は原作とほぼ同じ1953年で、場所はロンドン

黒澤作品は海外でもリメイクされたものが少なくない。例えば『七人の侍』は、停滞したハリウッド映画を復活させるために、ユル・ブリンナーらが声をかけて、スティーブ・マックウィ-ン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、ロバート・ヴォーンなどのスターを集めて “Magnificent Seven”(邦題『荒野の七人』)としてリメイクされた

また『用心棒』は、クリント・イーストウッドが主演したマカロニ・ウェスタン(イタリアで製作された西部劇なので、このように呼ばれる)の『荒野の用心棒』(邦題)としてリメイクされた

ジョージ・ルーカス監督がインスパイアされた『隠し砦の三悪人』は、名画 “Star Wars”を生んだ。この映画に出てくる弥次さん喜多さんのようなデコボコ百姓コンビが、スター・ウォーズの3POとR2-D2に生まれ変わったのは有名な話だ。会話の掛け合いや、歩く動作がそっくりで面白い

黒澤作品は、日本でも映画やTVドラマにリメイクされることが多く、上記した『隠し砦の三悪人』は松潤や長澤まさみが主演してリメイクされたし、『椿三十郎』は織田裕二が主演してリメイクされている。どちらのリメイクも酷評が多かったが、元映画の主役の三船敏郎がスゴすぎるので、対比するのがかわいそうな気もする

私は黒澤世代ではない。上述した往年の名作は、小津安二郎作品と同様に、TSUTAYAのレンタルDVDで見た。特に、黒澤作品はリメイク品を見て興味を持ち、あとから原作を見たものが多い

悪い癖で、出だしから脱線してしまった。『生きる』に戻ろう。

実はこの作品も、映画館でこのリメイク版を見たすぐ後に、自宅でオリジナルの『生きる』をネットで見た次第。日本と英国の文化や風習の違いから、設定は若干変更されているものの、ストーリーは原作をほぼ踏襲している。ネタバレになるので、中身の紹介はしないが、印象や面白かった点だけ以下に列記する

  • 役所のたらい回しは、原作通りの設定だったので、日本だけじゃなくて英国でもあったのかと笑ってしまった
  • 原作の主演、志村喬の演技もよいが、リメイク版のビル・ナイの演技の方が、現代の私には違和感なくしっくりきた
  • 原作で、主人公が胃がんと診断されながらも医者からは軽い胃潰瘍と告げられるのに対し、リメイク版でははっきりと余命数か月の癌と告げられる。同じ1950年ごろの時代設定ながら、インフォームド・コンセントに対する彼我の差を感じさせられた
  • 主人公が自暴自棄になって、人生で初めて羽目を外して夜遊びする中で、ピアノバーのようなところに行く。そこでリクエストした曲をピアノの伴奏で歌う。原作が「命短し 恋せよ乙女」で始まる『ゴンドラの唄』だったのに対し、リメイク版はスコットランド民謡の『ナナカマドの木』が使われた
  • 個人的には「ゴンドラの唄」は好きだが(特に森繁久彌の歌)、リメイク版で歌われた「ナナカマドの木」も心に沁み込んできてウルウルとくる。アメージング・グレイス、故郷の空、蛍の光(懐かし友よ)などのスコットランド民謡だけでなく、アイルランドの「ダニー・ボーイ」やイングランドの「埴生の宿」(ホーム・スイート・ホーム)など、英国民謡は日本人には通ずるものがあると思う
  • 同じく会社を無断欠勤し続け、元部下の若い女性を誘って一緒にレストランやバーやゲーセンなどに行くシーンでは、原作はちょっと無理がある展開だが、リメイク版ではストーリー展開がすっきりしていて受け入れやすい。そういえば、村上春樹の『ねじまき鳥クロニカル』の英訳版でも、ストーリーの展開がごっそり変わっている部分があった。訳者のジェイ・ルービンにはしっくりこなかったようで、村上春樹の許可を得て変更したとのこと。論理性、ロジック展開のようなものに対する彼我の違いがあるのだろう
  • 一番大きな設定の違いが、亡くなった後に主人公の功績を振り返る部分。原作は昔の日本の葬式シーンで、御斎(おとき)の席で酒を飲みながら参列者が長々と語り合うシーン。一方、リメイク版は通勤列車の中で部下4人が主人公を振り返る設定で、シンプルかつスマートな構成になっている
  • 原作とリメイク版の上映時間の差40分は、この振り返りのシーンのまとめ方による。個人的にはリメイク版の方がよい。おそらく黒澤は、主人公と対比しながら、人間の持つ「いやらしさ」、特に役人の「ずるさ」「ふがいなさ」のようなものをじっくり描きたかったのだろう
  • 全体を通して、洋の東西を越えて違和感なく原作を忠実にリメイクできたのは、脚本を担当したカズオ・イシグロの手腕だと思う
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