人は第三のチンパンジー?

レビュー

チンパンジーにはコモンチンパンジーとボノボチンパンジーの2種類が存在するそうだが、これらチンパンジーのDNAはどれくらい違うのか?答えは0.7%。では、人とチンパンジーのDNAはどれくらい違うのか?

1.6%だそうだ。ちなみに人とゴリラでは2.3%違うとのこと。霊長類の中でも類人猿と呼ばれるテナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーは、人と極めて近しい動物だ。類人猿の中で一番離れているテナガザルの場合、約5%の違いらしい。では、ほかの動物はどうか?

ネットで調べてみると、犬が約6%、牛や豚が約20%、ハエや鶏が約40%。イメージに合っているだろうか。では魚は?あるいはネズミは?実は、魚は約15%で牛や豚よりもDNAの差が小さいようだ。ネズミはたったの3%、マウスに至っては約1%でチンパンジーよりも差が少ない。この違いをどう感じるかは人それぞれだろうが、私には意外とも成程とも感じられた。

動物間の相違はどうやらDNAの量的な相違だけの問題ではないようだ。人とチンパンジーのDNAの相違、さらには人とマウスのDNAの相違を見ればわかるように、見た目が大きく異なるマウスの方が、見た目が近いチンパンジーよりも人とのDNAの相違が小さい。つまり、動物間の相違はDNAの相違量と比例関係にあるのではなく、ある特定のDNAの相違が種としての大きな違いを生み出しているということらしい。ある種の遺伝子の違いが、進化の過程で決定的な違いを引き起こしているようだ。

つい先ごろの新聞に興味深い研究成果の記事が載っていた。脳の運動野にプレキシンA1という遺伝子があり、人やチンパンジーではこの遺伝子は働かないが、マウスではこの遺伝子が働く。そこでマウスのプレキシンA1を働かないよう遺伝子操作したところ、マウスの手の動きが格段に向上し、人やサルと同じように器用に指を動かせるようになったという報告である。ある特定の遺伝子が飛躍的に能力を向上させる一例である。蛇足ながら遺伝子はDNAの一部分である。

ここで冒頭のタイトルの話に戻そう。「第三のチンパンジー」(草思社文庫)という文庫本が書店で目に留まり買って読んだ。正式な書名は「若い読者のための」という接頭句と「人間という動物の進化と未来」という副題がついている。もとは1991年に米国で出版された本で、日本では「人間はどこまでチンパンジーか?」(新曜社)というタイトルで1993年に翻訳されている。その後の科学研究の成果を踏まえ、若い読者を念頭に再編集されたのが本書「第三のチンパンジー」である。著者はジャレド・ダイアモンドで米国の進化生物学者、生理学者、生物地理学者だ。この著者の本では、数年前に「文明崩壊」上下巻(草思社文庫)を興味深く読んだが、こちらは別の機会に紹介したい。

「第三のチンパンジー」では、同じ霊長類の中でも特に近いと言われる人とチンパンジーを比較しながら、わずかなある種のDNAの違いにより、人類に特有の能力、性質、行動などを生じさせていると推論している。例えば、言葉や文字などのコミュニケーション能力、発明・発見などにより文明を生み出す力、芸術を生み出す感性、一方で、ジェノサイドと呼ばれる大量殺戮行為や繁殖とは関係ない性行動など、動物とは異なる人間らしさのようなものである。このような人間を人間であらしめる差は、あるDNAが長い進化の歴史の中で突然変異的に変化し、そのことによって大きな差を生み出したという仮説である。

このような人間らしさが、自然界に介入することで秩序を破壊し、少なからぬ動植物を絶滅の危機に追いやり、さらには自らの存続の危機さえ招き始めていると著者は警鐘を鳴らす。人類の歴史において、隕石の落下や火山の大噴火などの大きな自然災害や文明間に起こった破壊的戦争などの痕跡がないにもかかわらず、いくつもの高度な文明が忽然と滅んだ例が少なからずある。その多くは、自らが発展していくために行った森林伐採や家畜の繁殖などが、巡り巡って自ら住む生態系を壊し、文明を立ちいかなくさせてしまったことが原因であるという。このようなある特定の地域で特定の文明が滅んだ事例と異なり、現在は地球規模で同じような破滅への道を突き進んでおり、過去に学んで将来の手引きとすることを著者は訴えている。

さてここからは私の勝手な想像だが、ジャレド・ダイアモンドの憂慮が不幸にして現実化してしまったとしよう。そして、長い未来の歴史の中で、今の人類より格段に優れた生物が現れたとする。その生物は我々をどう評価するだろうか?

『進化の過程で類人猿から派生し、毛の少ない二足歩行する人類が誕生した。地上走行や空中飛行、さらには惑星への宇宙空間移動などの道具や、思考を代行させる初歩的な人工知能を使った。異なる言語の集団社会を多く形成するも、集団間の争いは絶えず、殺戮を繰り返した。また、わずか数千年の間の異常繁殖により生態系を破壊し、多くの動物や植物を滅亡させ、その結果人類も自滅した』

とでも記載されるのだろうか。

子供、孫、そのずっと先の世代へと、人類自身が第三のチンパンジーにとどまらず、本当の意味で高等生物に進化していく系譜であってほしいと願うばかりだ。

タイトルとURLをコピーしました