『イノベーションのジレンマ』

レビュー

7月12日に東京に対する緊急事態宣言が出された。首都圏の感染の拡大状況をみれば、お盆も帰省できそうもない。というわけで、宣言が発令される前に実家に母親の様子を見に行った。実家で本棚を整理していたら、すっかり忘れていた以下の本が出てきた

“The Innovator’s Dilemma” 
 ー When New Technologies Cause Great Firms to Fail ー
written by Clayton M. Christensen
published by Harvard Business School Press

20年以上昔のことだが、会社の研修で横浜市大の先生からHarvard Business Review(だったと記憶する)に掲載されたサマリー版のような論文を紹介されて本書に興味を持ち、その後、米国に駐在した時に買った本だ。残念ながら読むこともなく、本棚の奥の方に積まれたままになっていた。今回本棚で見つけ、隠居の身の暇に任せてようやく読むことができた


技術開発部門で働く長男にも薦めたく、以下の邦訳版も先日購入し、こちらにも目を通した

「イノベーションのジレンマ」
 ~ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき ~
クレイトン・クリステンセン著
玉田俊平太 監修、伊豆原 弓 訳
翔泳社刊

20数年前に出版され、非常にセンセーショナルに受け止められた本書は、今やビジネス書の「古典的」名著になっている。しかしながら、本書で指摘されている内容は、少しも色褪せることなく、現在でも十分に説得力を持つ


参考までに、以下に内容の一端を紹介したい

既存の市場を破壊するような革新的な技術やサービスが現れたときに、それまで市場のリーダーシップを握っていた大企業の多くが、新たな波に乗れずに沈んでいくのはなぜか?


経営層のリーダーシップやマネジメント能力が不足していた、官僚主義が蔓延し社員も組織も柔軟な対応ができなかった、慢心がはびこり技術やサービスを生み出す努力を怠った、世襲的な経営や派閥争いなどによる弊害があった、事業計画がお粗末だった、近視眼的な経営に陥っていた、不運が重なった、などが要因としてあげられることが多い


しかしながら、このような要因とは無縁と思われるエクセレント企業ですら、往々にして市場構造の変化に対応できず、敗者になる事例が多くみられる。経営層も従業員も優秀で、真摯にベストを尽くしたにも関わらず、敗れ去るのである。なぜそうなったのか?


本書は、リーディング企業が既存の重要顧客のニーズをしっかりと把握し、重要顧客の期待に応えるべく技術・商品・サービスの開発に取り組み、そのために優先的に資源を配分して企業活動を続けることが必然的に破壊的革新に対する取り組みを誤らせ、トップ企業としての地位を失わせると指摘する。つまり、重要顧客のニーズを満たすことに成功してきたビジネスモデル(プロセスや意志決定の判断基準)こそが、逆に変革への対応を誤らせて成功の妨げになるという洞察である

(東京湾沿いの早朝ウォーキング。まもなく太陽が昇ってくる)

ある市場でABCという会社が成功をおさめ、業界のトップ企業であるとしよう。成功の主要因としてABC社の卓越した経営手法(俗に ABC’s Way などと呼ばれるもの)が取り上げられる。顧客と良好な関係を築き、重要顧客のニーズを継続的に満足すべく、技術やサービスの開発に優先的に資源が投入され、市場シェアを拡大していく。その勝ちパターンを繰り返す中で、組織が編成され強化され、従業員も組織も経験知を蓄積していく。それらの企業活動がマニュアル化され、企業文化というようなレベルに昇華していく


資本主義の中にあって、企業に求められることは何か?昨今はESGの観点から企業の取り組みを求める声が大きくなってきたが、基本は右肩上がりの成長を続け、将来的に期待される利益の現在価値を最大化し株価を上げていくこと、より多くの配当金を支払うことで資本を提供した株主に利益を還元していくことだ


企業が大きくなればなるほど、成長のための売り上げや利益のハードルは上がっていく。純利益が10億円と100億円の企業を考えれば容易だ。同じ10%の利益成長を遂げるために、片方は1億円、他方は10億円の上乗せが必要になる。規模が大きい会社ほど、大きな利益をもたらすビジネスを優先せざるを得なくなるし、確実にそのような収益増を見込める顧客とのビジネスを優先することになる


技術にせよサービスにせよ、破壊的革新が世に出てくるときは、開発した企業も顧客企業も消費者に受け入れられるのか、消費者がどのように使うのか、分からないことが多い。そしてこのような破壊的革新は、その時点では既存の製品に比較して性能や信頼性が劣っており、またコストが高いことが多く、採用することに二の足を踏むことになる

これまでとは違った技術やサービスであることは分かるものの、既存の市場の中で浸透するのか、あるいは全く新しい市場を形成するのか判断は難しい。当面予測される売り上げや利益は、既存のビジネスに比較してはるかに小さく、失敗のリスクもある


まっとうな経営層、事業部長、スタッフであればあるほど、確実な成長を見込める(最悪でも現状の売り上げを維持できる)ビジネスに優先的にリソースを配分する決定を下すのは合理的な判断となる。海のものとも山のものとも分からないビジネスで成功してもわずかな売り上げ増しか見込めず、当面赤字になるかもしれないビジネスの優先順位は低くなる


一方、小さな新興企業にとっては、身軽さゆえにわずかな売り上げでも利益を出せる可能性が高く、市場規模が小さくても十分に成長の糧になると期待される。大手が参入しないうちにあれやこれやと売り込みを試行錯誤して、新たな用途や市場を見つけることができれば、新興企業にとっては非常に大きな成長をもたらすことになる


既存市場の大企業がそろそろ参入しても良さそうだと思うほどに市場が育ったころには、新興企業がしっかりと顧客を掴み、ゆるぎない地位を確立しており、大企業といえども覆すことが難しい状況になってしまう。やがてこの破壊的な革新技術やサービスは、大企業の主戦場であった既存市場をも加速的に侵食し、乗り遅れた大企業の凋落が始まる


大まかにざっと述べると上記のようなストーリーで、多くの事例を引き合いに出しながら詳細に分析しており、このような破壊的革新にどう対応すべきかについても解決策を提示している。ご興味のある方はぜひ手に取っていただければと思う

(光が作り出す光景に驚かされることが多いのは、明け方や夕暮れ時が多い)

話は逸れるが、コロナ禍の対応でなぜ政府や行政が機能しないのか、本書を読んで腑に落ちた気がする。またコロナ以前からすでに日本の競争力が衰退していたのも理解できる。政治家や中央省庁、地方自治体のすべてがシャカリキになって働いているとは思わないが、さりとて彼らが手を抜いてサボっているわけでもない


それなりに対応努力しているにもかかわらず、機能していないのだ。戦後復興に始まり、高度成長へと向けて長年にわたって確立、蓄積された業務プロセスや価値基準が、国内外の変化やコロナのような非常時に機能しないということだ


本ブログにおいても、中央政府や地方自治体のお粗末な対応をぼやいてきたが、これからは少しは暖かい目で見られるかな?


でも、本当に今変えなえれば日本の将来は危うい、と大変心配していることに変わりない

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