作家の津本陽さんが無くなったとの訃報に接した。信長を描いた「下天は夢か」など、歴史ものが得意な作家だ。特にこの作家のファンというわけではない。たまたまつい最近、1978年の直木賞受賞作である「深重の海」(じんじゅうのうみ)を読んだばかりで訃報記事が目にとまった
実はこの作家の本を読んだのは、この本が初めてだった。息子と本の貸し借りをしているのだが、息子は本屋大賞や直木賞などの本を良く手にする。私が滅多に手に取らない作家の本も多く、読んでみると面白くて、これまでの食わず嫌いというか、私の偏食(偏読?)ぶりを思い知らされる
さて、この「深重の海」であるが、和歌山の太地の伝統的な捕鯨の世界を描いた物語である。詳しく述べるつもりはないが、何とも暗く鬱々とした気分に陥った小説である。こんな気分になったのは、野坂昭如原作でジブリで映画化された「火垂るの墓」以来だ。こちらはつい先日亡くなられた高畑勲監督の作品だ
両作品ともどうしてこんな結末にならないとダメなのかと絶望的かつ暗澹たる気分にさせられる。フィクションなのか作者の体験、あるいは史実をもとにした作品なのか分からないが、あまりに悲しい物語だ。決して作品が悪いとか合わないとかいうことではない。私にとっては、二度と読むに堪えない、見るに堪えないという作品なのだ
思うに、作者が後世に残したかったメッセージが凝縮された作品なのだろう。重苦しい読後感、観賞感に心を痛めて涙した人は多いのではないか。時代の語り部、紡ぎ手が、一人また一人と去っていくのが残念だ。謹んで心から哀悼の意を表したい