笹本稜平の山岳小説

レビュー

少し前にある本を探しに書店に出かけ、たまたま手にした本がある。笹本稜平の「分水嶺」(祥文社文庫864円)だ。興醒めになるのであらすじは書かないが、冬の東大雪山系を舞台にして絶滅したとされるオオカミを探し求める男を描いた作品だ。とにかく面白く、一気に読んだ。続いて読んだのが、「その峰の彼方」(文春文庫907円)だ。こちらは厳冬期のデナリ(アラスカにある北米最高峰マッキンリー)のカシンリッジを単独初登攀する日本人登山家を描いた作品で、こちらも引き込まれた。

調べてみると、K2を舞台にした「還るべき場所」、ヒマラヤを舞台にした「未踏峰」「大岩壁」「ソロ」などの作品がある。映画で見た「春を背負って」もこの作者の作品と知り驚いた(撮影は立山三山の大汝休憩小屋だが、物語は奥秩父の梓小屋が舞台)。映画の山並みの映像は素晴らしかった一方で、ストーリーは正直つまらなかった。今回、小説を読んでみたらまったく別物のように面白かった(文春文庫637円)。

山岳小説といえば中学高校の時に読んだ新田次郎の「孤高の人」、「栄光の岩壁」や井上靖の「氷壁」、数年前に読んだ夢枕獏の「神々の山嶺」(阿部寛と岡田准一で映画にもなった)などを思い起こすが、迂闊にも笹本稜平なる作家がいることをこれまで知らなかった。この作者の作品は山岳小説ばかりでなく、どちらかというと刑事ものや所轄もの、ビジネスを舞台にした謀略小説などが多いが、しばらくこの作者の山岳小説に浸りそうだ。

初級レベル中心だが私も雪山に出かけるので、主人公が遭遇する雪崩などの雪山でのトラブルや低体温症などの様々な症状はとても参考になる。作者も山をやるのかどうかわからないが、雪山の描写はまさにそこにいるかのように精緻で、雪に覆われた尾根や壁の状況が目にありありと浮かぶ。単身赴任のアパートや帰省の電車の中で読むのに格好の本が見つかりワクワクしている。

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