ふと思い出した『源氏物語』

30年くらい前の話、私が30代だった頃、米国出張が多く飛行機によく乗った。当時は会社も世の中も今よりはおおらかで、米国出張にはビジネスクラスが利用できた。ビジネスクラスといっても、現在のプレミアムエコノミーと大差なく、フルフラットになる今のビジネスクラスには到底及ばない時代のビジネスクラスだ。当時はファーストクラスさえ、45度くらいしかリクライニングできなかった

まだ若くて少々尖っていた私は、日本人が多い日本航空や全日空を敬遠し、ユナイテッドやノースウェストなどの米国の航空会社を利用していた。搭乗後、いつものごとく通路側に予約した自分の席に向かうと、窓側に日本人が座っていて、離陸後しばらくして話しかけられた

日本人のビジネスマンは滅多に話しかけてこないので、おやっと思ったら、日系二世か三世の米国人だった。聞けば、学会で日本にきたとのこと。プリンストン大学の准教授で源氏物語を研究しているとか

当時、私はまだ源氏物語を読んだことがなく、高校の古典で少しだけ触れただけで、正直なところあまり良い印象を持っていなかった。そんなわけで源氏を熱く語る「先生」のお話しは右の耳から左の耳へと通り抜け、ほとんど記憶に残っていない

そんな中で、二つだけ記憶に残っている点がある

① 日本の「家」の概念が関係している

② 源氏物語は紫式部以外の書き手が加筆している

①の「家」については、武家社会以降にみられる家父長制のような「家制度」しか頭になかった私には、貴族社会においてどんな風に「家」の概念が存在し、源氏物語のストーリーにどうつながるのか全くイメージできず違和感が記憶に残った

②の紫式部以外の書き手については、「先生」曰く、全54帖の中には前後と全くつながりのない独立した話がいくつか見られること、中でも光源氏の子供の話である『宇治十帖』は、内容的にも文体的にも別の作者の可能性が高いとのことで、「へぇー、そんな説もあるのか」と記憶に残った

さて、それから何年もたって源氏物語を読んだ。40代後半に単身赴任をしていた時に、ちょうど瀬戸内寂聴が現代語訳を出したので、暇に任せて手に取ってみた(講談社、全十巻、単行本)。ストーリーの面白さにあっという間に引きずりこまれ、次々と巻を買い進め、一気に読み通した

余談ながら、現代語訳では瀬戸内源氏の他にも、与謝野源氏(与謝野晶子)、谷崎源氏(谷崎潤一郎)、円地源氏(円地文子)、田辺源氏(田辺聖子)など、名立たる作家が訳本を出している。面白いところでは、橋本治が光源氏を第一人称で語らせた「窯変 源氏物語」があり、最近では人気女性作家の角田光代が現代語訳を完成させている

光景が目に浮かぶような瀬戸内源氏の訳文と源氏物語のストーリーのあまりの面白さに、図に乗って原本にも挑戦しようとし、国文学者の玉上琢弥の文庫に手を出した(角川ソフィア文庫、全十巻)。各巻には、まず原文が注釈とともに数帖続き、後半にその現代語訳がまとめられているという構成で、こちらは残念ながら俗にいう「桐壷源氏」に終わってしまった(第1帖の「桐壷」で挫折すること)

注釈を頼りに原文を読んでも意味が十分に理解できず、現代語訳のページを参考にするという繰り返し。あまりのまどろっこしさに耐えきれなかったのと、二度目ながらストーリーが面白く早く先へ読み進みたいという気持ちから、「桐壷」以降は現代語訳だけで読み進めてしまった

「先生」の話に戻すと、①の「家」は中世以降の家父長的な家制度ではなく、通い婚が当たり前だった平安時代においては、女性の方の「家」が結婚に影響しているということだったのかもしれない。どのような男性(婿)を迎えるかということは、その「家」の今後の貴族社会での地位や繁栄を左右する重大事項であっただろう。また、正妻という立場を得るために、女性の「家」の家格、権力や財力が大きく関与したことも想像できる

光源氏が通った女性は、有力貴族や豪族など権勢を誇る家から没落した家の女性まで様々だ。女性の「家」が恋路の行く末に影響し、ストーリーにもつながることを指摘していたのかもしれない。聞き流さずに、しっかりと「先生」の話を拝聴しておけばよかったと後悔している

②の紫式部以外の作者については比較的容易に想像できる。ほぼ同時代の紀貫之が、 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」として、女性に成りすまして『土佐日記』を書いたご時世だ。女官が書いた源氏物語は評判になり、宮廷の男どもが面白がって源氏物語に手を加え、光源氏にいろんな恋をさせるストーリーを加えて物語を膨らませていった姿が目に浮かぶ

「宇治十帖」は光源氏の子供の薫君と孫の匂宮を主人公とする「続編」ともいうべきストーリーで、書き足し感が滲み出ていると言われる。比較としては適切ではないかもしれないが、映画「スターウォーズ」が原作者ジョージ・ルーカスの手を離れ、次々とエピソードが追加されていったのと似ているようなものかも・・

実は最近、夏ごろから読み続けていた司馬遷の『史記』の日本語訳を読み終えた(ちくま学芸文庫。全8巻。小竹文夫・小竹武夫 訳)。『史記』の日本語訳は二つ目なのだが、今回の訳本は、『史記』のほぼ完訳版だ。二つの訳本の違いについては、以前このブログで紹介したので、そちらを参照いただきたい(司馬遷『史記』☜クリック)

実は、司馬遷が書いた『史記』にも後世の加筆がある。司馬遷が用いた皇帝の呼び方と異なる呼称が用いられていたり、司馬遷の死後の歴史が叙述されていたりする。中には堂々と、「褚先生曰」として人物伝(列伝)や自分のコメントを加えた「褚少孫」などもいる。優れた作品、面白い作品についつい手を出したくなるのは、国や時代が違えども同じということか・・・

自分が見聞きした面白い話や人物を『史記』に書き加えた「褚先生曰く」を目にして、ふと『源氏物語』の加筆を語ったプリンストン大学の「先生」の話を思い出し、このブログを書いた次第

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