引退1か月の考察ーその2

今からひと月くらい前になるが、地方にある工場の有志が引退する私のために送別会を開催してくれた。移動の新幹線で時間をつぶすために読む本を本屋で探していると、ベストセラーの書棚の1位に自分にうってつけの本が置かれていた。「定年後」(楠木 新著、中公新書)という本である。副題は、「50歳からの生き方、終わり方」となっている。

著者もサラリーマン生活を送る傍ら、この分野での著作を続けてきた方で、自らの定年後の体験や周囲の人たちの事例、取材事例などを踏まえて、定年前後の人たちへの提言を発信している。「定年後」というタイトルから分かるように、読者の対象は自営業者ではなく会社人生を送ってきた人ということになる。日本の現状の就業実態からすれば、定年まで働くキャリア女性はまだまだ少数なので、事例からしても本書はサラリーマン(つまり男性)を対象に書かれている。

事例には世間でよく聞くような、定年後に四六時中家にいてあれこれ要求する亭主に奥さんがノイローゼ気味になる話や、家で過ごす時間が多くなることで妻との間がギクシャクし、奥さんから疎ましがられて家庭での居場所をなくす男性の姿などが出てくる。著作権に抵触する(?)といけないので、あまり内容については触れないが、会社という組織の中では、仕事という日々取り組むべきことがあり(与えられ)、社内外における公私にわたる人間関係が形成され、自ずと社会との関わりをもって生きていく環境が整っているのに対し、定年退職した途端にそれらのほとんどを失い、自分の立ち位置を見失い、どうしてよいか分からなくなってしまう人が多いというお話だ。会社一筋で生きてきたサラリーマンほど、このような状況に陥りやすいようだ。

著者はこのような事態に対処すべく、地域社会や趣味などのネットワークとのつながりを徐々に構築していくなど、50歳くらいから定年後を想定した準備を進めることを推奨している。ご興味のある方は、ぜひ一度手に取ってみていただければと思う。

さて、翻って引退後1か月の自分の状況はどうかというと、確かにこの本に描かれている状況にしっかりと重なっている。違う点といえば、今のところカミさんに疎ましがられていないことと(歓迎もされていない)、負け惜しみではないが、立ち位置をなくしても一向に困っていないということだろうか。元々、仕事つながりや学校つながりをはじめ、交友関係を広げたいと思うタイプではなく、むしろネットワーク(しがらみ)を最小限にしたいというのが自分の人生ポリシーのようなものなので、身軽になって心地よさを感じているくらいだ。

誤解されたくないので補足するが、これまでのネットワークや人間関係が苦痛だったとか好きでなかったといっているのではない。学校や会社を通して知り合った素敵な仲間は多いし、大変楽しいお付き合いだった。ただ、一人でいることに苦痛を感じないタイプの人間なのだ。山へ出かけるのも圧倒的にソロで出かけることが多い。人嫌いというわけではないので、山道や山小屋ではこちらから話しかけるし、食後は消灯時間まで初対面の人たちと談笑することも多い。

身軽で心地よいとは言いつつも、このまま仙人のように20年以上の余生を過ごしていくほど私も偏屈ではない。故郷には帰るつもりでいるので、そちらで新たな社会との関係性を構築していきたいと思っている。

同じようなサラリーマン人生を歩んできた義弟が二人いる。義弟と言っても、一人は私と同年であり、もう一人は逆に5歳年上だ。同い年の義弟は1年前に早期退職し、今は専門学校で講師などをやっている。5歳年上の義弟も今年現役を退き、今は名誉職をやりつつ自宅とはかけ離れた神奈川の海辺に部屋を一人で借り、名古屋の自宅と行ったり来たりしながら古都の歴史探訪を楽しんでいる。

二人とも自分よりはずっとうまく退職後の生活を送っている。そろそろ私も自分なりの道を切り開かなければと考えるこの頃である。

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